読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プログラミング 美徳の不幸

Ruby, Rails, JavaScriptなどのプログラミングまとめ、解説、備忘録。

なぜ意識高い人たちは構造改革が好きなのか

facebookで私には関係のない意識高い人々のカンファレンス(シオン賢者にでもなりたいんだろうか)のようなものを見つけたんだけど、冒頭の文に驚愕しました。

G1 COLLEGE 2015 — G1 COLLEGE

U-25チームとして
行動を約束する場をつくりだす
今、日本社会は、経済や金融・産業・行政・教育など、様々な面で構造改革に迫られています。改革期だからこそ、あらゆる分野で新しいリーダーが求められ、一人ひとりが自分の意思のもとに主体性を持って社会に関わり、イノベーションの担い手となっていくことが期待されています。

そうなの? 僕は意識高い人たちがこういう集いをやるのは若者が六本木のクラブで集いをするのと同じだと思うので別に否定も肯定も侮蔑もないんですが、意識高い人の間では構造改革が既定路線になってるのはちょっと疑問です。

まずもって日本で改革って何か守旧派勢力が握っている既得権を、抵抗勢力の反対を押し切って解放することで、より多くの競争が生まれてその結果価格が下がるし技術レベルやサービスレベルも向上して多くの人がハッピーになるっていうイメージなんじゃなかろうか。
何かで宮崎哲弥が言っていたけど、こういう日本人の典型的な改革に対するイメージは遡れば小学校で江戸の三大改革を教えられたときから始まってるらしい。

www12.plala.or.jp


確かに言われてみれば、教師の学力水準に問題があったのかもしれないが、私も「幕府の財政がヤバくなった => 将軍なり老中が改革した => ???」ってとこまでは教わった記憶があるのだけど、その先どうなったかは「たぶん成功したんだろう」くらいの曖昧な表現に終わった気がする。
しかし実際のところは、その多くは失敗だったという。


日本の歴史教科書はデフレ経済の弊害をほとんど記述していない。むしろ「正徳の治」によるデフレ経済への逆戻りが、インフレ経済からの正常化という表現になっている。歴史教科書では江戸時代のデフレ政策を改革(亨保、寛政、天保の三大改革)と呼んでいる。たしかに改革と名が付くと今日の人々はプラスのイメージを持つ。

しかしこれらの改革は途中でことごとく頓挫している。例えば八代将軍徳川吉宗の亨保の改革では、当初、金の含有率の高い亨保小判が造られたが、後に金の含有率を低めた小判に改鋳された。デフレ政策が行き詰まり、インフレ政策に転換したのである。

筆者は、教科書が教える歴史に大きな偏向があると思う。しかし歴史教科書の歴史観が変更される気配は今のところはない。残念ながらその記述に問題があると指摘することができても、間違っていることを証明することは難しいようである。したがって世間では荻原重秀や田沼意次はいつまでも悪党という認識のままである。

経済コラムマガジン

遡って現代の日本だけど、確かにアベノミクスの第三の矢は規制緩和ということになっているけどこれに否定的な見方の人もいるし、一の矢・二の矢で言われているデフレ脱却と需要増はまだまだ足りてないのでは?

www.kantei.go.jp


私は経済学者でもなければ経済学部卒でもないけど、いろいろな意見を聞けば聞くほど構造改革は必ずしも良いことばかりではないしタイミングが重要だという意見が最も穏当に聞こえる。
真に改めるべきは、こういう構造改革=大正義という発想なんじゃないでしょうか。


econ101.jp